1939年に開始されたウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。NHKでは1984年から毎年テレビで衛星生放送を実施しており恒例行事として世界で最も多くの人が同時に試聴するコンサートである。2015年の指揮台に立つのはズービン・メータ。1990年に初めて指揮して以来、1995、98、2007年に続き5回目の登場となる。
Moesia 1.23 へ、テーマのアップデートに関しての備忘はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>インストールした既存のテーマを独自の仕様にカスタマイズしていた場合、テーマのアップデートの更新をストレートに実行すると、テーマのファイルがは全て上書きされるのでカスタマイズは痕跡も残さず無くなってしまいます。
そこで子テーマ( Child Theme )を準備して、そこでカスタマイズさせておけば本体のテーマを更新しても自分で独自仕様に工夫した記述は残ります。
それを承知で本体のテーマを直接カスタマイズしています。
それは、この Moesia テーマは更新が頻繁です。作者が熱心だということだと感じます。
と、すればテーマの内部、構成自体が大きく変わることも有るかもしれません。
更新があった時に学ぶことも有るだろうと内部を見る習慣を付けたいと思ったからでした。
カスタマイズを加えたと言っても、最終更新日の挿入だけです。でも、どこにカスタマイズを加えたのか備忘にします。
当サイトは過去エントリーを現在、随時修正中です。検索からアクセスのあったサイト統計情報のログを参考に行なっています。それで未修正との判断が観て、わかるように【最終更新日】のコードの追記をしました。
※カスタマイズしているのは写真の矢印箇所に【最終更新日】を挿入しています。
よく有るテーマのファイル構成では、エントリーメタ( .entry-meta )は header.php か single.php に有るのですが Moesia では content-single.php に記述されていました。
上記コードに今回は更にクラスを付与して、レイアウトをスタイルシートで調整できるようにしました。
[amazonjs asin=”B00JLWKRMY” locale=”JP” title=”Webデザイナーのための WordPressテーマストアの作り方: なぜ海外のWebデザイナーはテーマを作り続けるのか?”]
Moesia 1.23 へ、テーマのアップデートに関しての備忘はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>ガストン・ドルレアンに仕えた音楽家(1)〜古楽の楽しみ 2015.2.9 NHK-FM 放送はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>エティエンヌ・ムリニエ( Estienne Moulinié )は、フランスのバロック初期に活躍した「エール・ド・クール」や「エール・ア・ボワール」を得意とした作曲家。
ルイ13世のただ一人の弟であったガストン(オルレアン公)(1608-60)の宮廷楽長として1627から1660年の30年余の長きにわたって、宗教音楽と世俗音楽(独唱とリュートもしくは重唱と通奏低音のための作品)のほかにバレエなどの舞曲も作曲している。そして大公ガストンの令嬢ド・モンパンジエの音楽教師でした。そして1660年にオルレアン大公ガストンが崩御するまで仕えました。
宗教作品は、ほぼ顧みられることなく埋もれていますが、どれも非常に個性豊かで美しいものばかりです。ただし、今日は良く知られている世俗の作品を聴きます。
2月9日 月曜日からの4日間は、フランス国王ルイ13世の弟、ガストン・ドルレアンに仕えた音楽家たちの作品をご紹介します。
(カウンターテナー)ジャン・ポール・フシェクール, (リュート)エリック・ベロック <GLISSANDO 779 013-2>
バロックから近代歌曲まで、フランスの声楽に広い適性を示す稀代のオート・コントル(ハイ・テナー)、フシェクールによるフランス・ルネサンス・バロック宮廷歌曲集です。録音:2000年1月、パリ、メゾン・ド・ラ・ラディオ、スタジオ106
(合唱、合奏)ル・ポエム・アルモニーク, (指揮)ヴァンサン・デュメストル <ALPHA 005>
1998年、音楽・芸術監督ヴァンサン・デュメストルのもとに結集した歌手や器楽奏者たちによる古楽アンサンブル。本拠をフランスのルーアンに置き、世界中をツアーしている。演劇やダンス、パントマイム、サーカスまで、さまざまな分野とのコラボレーションを行ない、独創的な舞台作品を数多く生んできた。
(ソプラノ)マリア・クリスティーナ・キール, (バス)ホセプ・カブレ, (ギター)ベルナール・ルヴェル <L’EMPREINTE DIGITALE ED 13010>
(合唱、合奏)ル・ポエム・アルモニーク, (指揮)ヴァンサン・デュメストル <ALPHA 005>
ガストン・ドルレアンに仕えた音楽家(1)〜古楽の楽しみ 2015.2.9 NHK-FM 放送はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>Notes of Wiener Philharmoniker New Year’s ConcertはClassical Notesで公開された投稿です。
]]>[well type=”well-lg” class=”masonry corner”]
毎年元日の楽しみ。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。その生中継の直前、直後、そして振り返って考えたことをまとめたコーナーです。
[/well]
1939年に開始されたウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。NHKでは1984年から毎年テレビで衛星生放送を実施しており恒例行事として世界で最も多くの人が同時に試聴するコンサートである。2015年の指揮台に立つのはズービン・メータ。1990年に初めて指揮して以来、1995、98、2007年に続き5回目の登場となる。
Notes of Wiener Philharmoniker New Year’s ConcertはClassical Notesで公開された投稿です。
]]>ニューイヤーコンサート 2015 ウィーン・フィルと蜜月にあるメータの軽やかなシュトラウスを聴いた。はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>[amazonjs asin=”B00OU4NP68″ locale=”JP” title=”Neujahrskonzert / New Year’s Concert 2015 (Blu-ray) Import”]
大阿蘇は雪が降っている熊本。市内は降雪はなく青い空が開けていますが、それは空気が澄んでいて阿蘇山では雪が降っているんだなぁと、この季節ならではの気象状態です。室内から空や表通りを観る限りでは、外出したら気持ちが良いだろうなと思いましたが年賀状を受け取るのに玄関を出たら通りを凄まじい音で風が通り抜けています。
それは見えないモンスターが次々と阿蘇から降りてきているように感じられました。
大晦日には午後になって激しい雷が轟いて雨が降った。幸いに時間ほどで止みましたが熊本の師走、正月は12月に入った頃に一旦寒さがやってきてピークは忠臣蔵の放送がある半ば。クリスマスに雪が降れば塩梅の良い演出となるもので正月三が日は晴れている。ということが多いでしょう。
2014年から2015年への年越しも同様で、いつもと変わりない元日を過ごしています。
年越し、年初の楽しみはウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。生中継の時間までを楽しみに過ごしました。新年最初のワクワク感です。

[well type=””]
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、長年にわたり新年に、シュトラウス一家やその同時代の作曲家の数々のレパートリーより、明るく楽しい、そして内容 豊かなプログラムでニューイヤーコンサートを行っています。
このニューイヤーコンサートは、ウィーンのムジークフェラインの観客に大変人気があるだけでなく、世界中へのテレビ中継もすでに46ヵ国で行われており、オーストリア国内のみならず海外でも大変によく知られ親しまれています。
かつてのオーストリアの歴史の暗い一幕においては、これらのコンサートはオーストリア国民に自国へ回帰の念を呼び起こし、同時によりよい時代への希望をもたらしました。今日では、世界中の何百万という人たちが、ニューイヤーコンサートの軽やかで、また内容の深い音楽に感動し、新しい年を喜びと期待をもって迎えていただいています。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、ニューイヤーコンサートを通じて、このジャンルの名作の貴重な演奏のみならず、オーストリアの音楽大使とし て、世界中の人々に希望と友情そして平和のご挨拶をお届けしたいと願っています。ウィーン・フィルのオフィシャルサイトより
[/well]
元日午後7時(日本時間)、恒例のウィーンフィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤーコンサートが開演する。
ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、毎年1月1日にウィーン学友協会の大ホールで行われる音楽界の一大イベント。チケットの入手は極めて困難で、毎年一年前から抽選が行われることで知られている。
コンサートの曲目はウィーンを代表する音楽家であるシュトラウス一族のワルツやポルカ。新年を祝うにふさわしい明るく華やかな雰囲気で行われ、アンコールの定番「ラデツキー行進曲」では観客も手拍子を入れて会場が一つになることで有名だ。
2015年の指揮者はズービン・メータ。1990年に初めて指揮を執って以来、5度目のニューイヤーコンサートとなる。ウィーン・フィルとの関係が深く、日本でも人気の高い世界的指揮者であるメータ。演奏のほどに期待が高まる。気になるプログラムは以下の通り。[icon type=”glyphicon glyphicon-star-empty” color=”#dd3333″]初登場曲は5曲。
— 休憩 —
[intelliwidget section=1]
ニューイヤーコンサート 2015 ウィーン・フィルと蜜月にあるメータの軽やかなシュトラウスを聴いた。はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>Hello world!はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>WordPress へようこそ。これは最初の投稿です。編集もしくは削除してブログを始めてください !
FM-WOODSTOCK として、ジャズ、ロック、クラシック音楽初期盤通販サイトを営業していました。オーディオ・ファイルの需要に応えて現在はクラシック音楽のレコードを専門に収集、通販中。
初期オリジナル盤は手元から、CDをアマゾンストアを通して紹介しています。
[intelliwidget section=1]
Hello world!はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>Entry 本文のスタイルシートを変更はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>わたしが WordPress を扱い始めて、Web ショップ・サイトのブログとしてつくる時に選んだテーマのまま長持ちしている。当然、細かなところはカスタマイズを追加しています。

テーマをデザインしたのは出版物のカバー等のデザインをしている企業で、このテーマをリリースしてからは WordPress のテーマ・デザインは終了しているようです。現在でも公式ディレクトリには残っているようですね。
レスポンシブルが主流に成っても、PHP がグレードアップしたって度重なる WordPress のメジャー・グレードアップにもエラーを出さないので使い続けています。
今回は Entry 本文を変更。読みやすさを考えました。
.entry p {
font-family: 'Abril Fatface', serif;
font-size: 1.2em;
line-height: 1.6em;
font-weight: 400;
color: #364421;
padding: 1em;
text-rendering: optimizeLegibility;
text-align: justify;
text-justify: inter-ideograph;
word-spacing: normal;
word-break: normal;
-webkit-font-smoothing: antialiased;
-webkit-text-size-adjust: 100%;
}
本文の書体を変更、あわせて役物や、文字送りの調整をするプロパティの設定を変更。次のスタイルシートに更新しました。
.entry p {
font-family: Segoe UI;
font-size: 1.2em;
line-height: 1.6em;
font-weight: 400;
color: #364421;
padding: 1em;
text-rendering: optimizeLegibility;
text-align: justify;
letter-spacing: normal;
text-justify: inter-ideograph;
text-transform: none;
font-variant: normal;
word-spacing: auto;
word-break: normal;
-webkit-font-smoothing: antialiased;
-webkit-text-size-adjust: 100%;
}
[table width =”100%” style =”table-bordered table-hover” responsive =”true”]
[table_head]
[th_column width =”50%”]WordPress[/th_column]
[th_column width =”50%”]スタイルシート[/th_column]
[/table_head]
[table_body]
[table_row]
[row_column width =”50%”]
WordPress でのサイト制作によく使われる手法を目的別にまとめたテクニック集です。[/row_column]
[row_column width =”50%”]
これからHTMLとスタイルシートを覚えようとする方には、HTMLのマークアップをHTML5とHTML4の違いとともに紹介しており、書式と記述の例、解説がとてもわかりやすい本です。[/row_column]
[/table_row]
[/table_body]
[/table]
Entry 本文のスタイルシートを変更はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>不滅の指揮者、不朽の名盤はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>大巨匠フルトヴェングラーが没したのは、肺炎での病死だった。ベルリン・フィルの首席指揮者に在任中のまま後継者を指名できずに世を去った。チェリビダッケを考えていたようだし、ベルリンの新聞はチェリビダッケに風を向けていた。でも、チェリビダッケはフルトヴェングラーとの仲を断ったままだった。
結果、フルトヴェングラーの死後、ベルリン・フィルの首席指揮者はヘルベルト・フォン・カラヤンが後を受けた。病床で知らせを感じていただろうフルトヴェングラーには歯がゆいことだったでしょう。フルトヴェングラーがライバル視して、事あるごとに抗っているのを現代から振り返ると、足掻けば足掻く程カラヤンの格を上げてしまったように見える。

1954年11月30日に68歳で没したフルトヴェングラーの、60回目の命日を迎えた。1931年にフルトヴェングラーは『音楽の生命力』と題するエッセイを書いている。(『音と言葉』所収)
[amazonjs asin=”4560037280″ locale=”JP” title=”フルトヴェングラー 音と言葉”]
これからの音楽家にはレコード録音が重要なのを認めていた。良いレコードをつくるためには『極端なニュアンスや、本格的なフォルティッシモやピアニッシモは極力これを避けねばならない』と具体的に指摘し、テンポについても『極めて緩慢なテンポは、ややもすれば退屈で気抜けしたものと成り、極めて速いテンポは騒々しく不明瞭になりがち』だし、休止と総休止も出来るだけ控えめにすべきだと分析している。
実に良く昭和初期のSPレコードの特性を理解していました。でも、その理解していることポイントを彼には充分に活用できなかった。
実際に録音で試みてみたものの、プレイバックを聴いて諦めた。
スタジオ録音においてフルトヴェングラーは一生懸命に、極端なニュアンス、本格的なフォルティッシモやピアニッシモ、極めて緩慢なテンポ、極めて速いテンポを避け、休止と総休止も控えめにしようとした。だが、そうして出来たレコードは平板で退屈なものに成ってしまう。
戦時下でのフルトヴェングラーのライヴ録音は、その時の楽団員の想い、国民の苦悩が代弁されているように感じます。1951年のバイロイト音楽祭でライヴ録音されたベートーヴェンの交響曲第9番は、誰もが戦争が終わったと心のなかに広がった感情が今も私達の気持ちを震わせるのです。と共に、それまでフルトヴェングラーに憑依していたものだったように、その戦後のフルトヴェングラーの音楽は表情が変わる。
録音から60年以上経過しても歴史的録音と言えないほど『バイロイトの第九』は、全てのミュージシャン、音楽愛好家には大きく立ちふさがっているレコードでしょう。
でも、この時の録音は当初は発売する予定がなかった。これは驚いちゃうことですが、フルトヴェングラーの死の直後に発売されると歴史的名盤になるという皮肉な結果と成った。この《第九》が発売された時、カラヤンの前に、これまで立ちふさがっていた大きな敵である現実のフルトヴェングラーに代わって、カラヤンの膨大なレコード録音は、このフルトヴェングラーの『死後も残る名声』と生涯にわたって闘っていただけかもしれない。
CD時代に成り、インタビューでカラヤンは『時間があれば、自分のレパートリーを全てデジタル方式で録音し直しCD化したい』という言葉の裏に、レコードを過去のものにしたい。それにはカラヤン自身のアナログ録音もフルトヴェングラーの全部のレコードも葬って、その上で自分の新録音だけの王国が築かれるのを夢想した。
カラヤンの最初のデジタル録音はワーグナーの舞台神聖祭典劇《パルジファル》(1979年12月録音)だったが、発売はモーツァルトの歌劇《魔笛
》(1980年1月録音)が第一弾を飾った。なにより1980年12月から1981年1月の時期に録音されたリヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲
》、ホルストの《惑星
》はCDでの成果が大きかった。レコードのA面、B面を、ひっくり返す必要がなく一気に音楽に没頭できた。
[table width =”100%” style =”table-bordered” responsive =”false”]
[table_head]
[th_column]Karajan[/th_column]
[th_column]Digital[/th_column]
[/table_head]
[table_body]
[table_row]
[row_column][/row_column]
[row_column][/row_column]
[/table_row]
[table_row]
[row_column][/row_column]
[row_column][/row_column]
[/table_row]
[/table_body]
[/table]
デジタル録音で“自分のレパートリー”のどれだけをカラヤンは録音できたのだろう。1989年に亡くなる。その後の状況は私達がよく理解っていることだ。
カラヤンの死を待っていたかのように、その年の秋、ベルリンの壁は崩壊した。
終戦時、ベルリンに到達したソ連軍がベルリンの放送局から押収し、モスクワに持ち帰った膨大な料の録音テープがあった。その中にフルトヴェングラーの戦中のライヴ録音が有ることは以前から知られており、そのテープが1987年に返還されていた。
カラヤンが急死した年の暮れ、ドイツ・グラモフォンはフルトヴェングラーが戦争中に演奏した公演のライヴ録音のCDをセットで発売した。
カラヤンが生きていたらどう思ったであろうか。それ以前からもデジタル技術はフルトヴェングラーの過去の傷だらけの録音を新鮮なものに蘇らせ、夥しい数が市場に出たことは苦々しく感じていただろう。
カラヤンがデビューした時にフルトヴェングラーが、ベルリン・フィルでカラヤンがコンサートを行えないようには謀れたけれどもレコーディングまでは口出しできなかったことが、ここで逆転してカラヤンの強力な情報操作でも口出しできなかった。
濃厚な官能性と、高い精神性と、その両方が一つに溶け合った魅力でもって、聴き手を強烈な陶酔にまきこんだフルトヴェングラーの音楽は類稀な観念と情念が生き返ってくるのがきこえるもので作曲家たちが楽譜に封じ込めた思いまではレコードでは伝えきれないものだと思います。カラヤンとフルトヴェングラーの音楽は、そこで有り様が分かれ道なのです。
[table width =”100%” style =”table-striped” responsive =”false”]
[table_head]
[th_column]Opera[/th_column]
[th_column]SACD[/th_column]
[/table_head]
[table_body]
[table_row]
[row_column][/row_column]
[row_column][/row_column]
[/table_row]
[/table_body]
[/table]
不滅の指揮者、不朽の名盤はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>わたしの故郷の鳥は“ピース”と鳴くのです − 10月21日は国際反戦デー ◉カザルスの《ホワイトハウス・コンサート》はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>
[amazonjs asin=”B003KHJJNE” locale=”JP” title=”Pablo Casals Original Jacket Collection”]
[notification type=”alert-info” close=”false” ]
チェロの神様と言われるパブロ・カザルスの追悼盤としてリリースされた日本盤は特典盤30センチLP「カザルスは語る」付きの二枚組でした。
カザルスがチェロの神様と言われるのは彼、以降のチェロの演奏法を変えてしまったことです。そのチェロ奏法の改革の事とは、ここでは分けて書きます。
[/notification]
[notification type=”alert-info” close=”false” ] 【室内楽曲, 器楽曲】☆アナログレコード☆
| 作曲/曲目 | |
|---|---|
| クープラン | 演奏会用の5つの小品 |
| シューマン | アダージョとアレグロ |
| メンデルスゾーン | ピアノ三重奏曲第1番 |
| 演奏者 | |
|---|---|
| パブロ・カザルス | チェロ |
| ミエチスラフ・ホルショフスキ | ピアノ |
| アレクサンダー・シュナイダー | ヴァイオリン |
[/notification]
香港の中心街公道で学生たちが続けている抗議デモ。9月26日から香港の高校生、大学生を中心に「真の普通選挙」を求めるデモが香港政府庁舎前で繰り広げられ3週間になる。学生たちが行動に陣取っているので政府は話し合いに応じないと姿勢を見せましたが、市民たちが日常の生活やビジネスに影響があると学生たちに撤去を迫る光景が中継される事情になったからだと推測しますが話し合いが行われることになった。
2014年10月21日に漸く香港政府側と学生代表との初対話が持たれた。学生たちの意識には『このデモや話し合いぐらいで進展はないかもしれないけれど政府に民意を伝えなければいけない』との声もあった。午後9時に話し合いは終了したようですが結論はすぐには出ない。
中東の方は距離が遠いだけに更に実感はないけれど“戦闘兵”は世界中に飛び火して、いつ何時身近でテロ事件が勃発するかもしれない。店々からは電気代と称して毎月一定額を集金している。アパートに戦闘員を住まわせて実質『支配』している。
子どもたちにはお菓子を上げたりして『洗脳』。この子どもたちが将来世界各地に広がっていくだろう。
[notification type=”alert-info” close=”false” ]
1966年10月21日、世界各地でアメリカのベトナム戦争介入に反対する抗議集会が開かれた。
戦争終結後、『国際反戦デー』として現在まで、その精神は受け継がれている。
それを象徴する音楽が、平和と人間愛を音楽で訴え続けた“チェロの神様”パブロ・カザルスが祖国スペイン・カタロニア地方の民謡を編曲した《鳥の歌》である。
カザルスはこの曲を、冷戦真っただ中の1961年11月13日、アメリカ大統領ケネディの招きを受けホワイトハウスで弾いた。
演奏前に彼は静かに語った。
私の故郷の鳥は、ピース、ピースと鳴きます。
パブロ・カザルス (1876-1973)
それは、あらゆる暴力に抗議し続けたカザルスの真情だった。
鳥の声を模したピアノのトレモロに導かれて奏でられるチェロの調べは、71年10月24日、国連総会議場で開かれた国連デーを記念する演奏会でも奏でられ聴く者の頭を垂れさせた。
《鳥の声》は今も悲惨な戦争に翻弄される人々の嘆きと悲しみを表している。[/notification]
[amazonjs asin=”B0090S4B30″ locale=”JP” title=”鳥の歌~ホワイトハウス・コンサート”]
わたしの故郷の鳥は“ピース”と鳴くのです − 10月21日は国際反戦デー ◉カザルスの《ホワイトハウス・コンサート》はClassical Notesで公開された投稿です。
]]>“引用”のスタイルをアレンジしました – 時流に合わせてホームページのデザインを考えるはClassical Notesで公開された投稿です。
]]>晩秋らしい気候になりました。度重なった台風も熊本では酷い被害は受けませんでしたが、先週半ばは魚が良い物が買えずに寂しい食卓となりました。台風で漁が良くなかったんでしょうね、台風が近づいている時は随分と鯛が安かった反動なのでしょう。
野菜売り場の主役の座も秋から冬へと変わっているところのようです。まだ白菜には早すぎますが、里芋が出てきました。そこで、取り合わせとしては変でしょうがキャベツと里芋で味噌汁にして季節を味わいました。
さて、先月までと比べて今月に入って当ブログの表示も早くなったと思います。数値的には微妙な変化ですが体感上は軽快にページが読み込まれる気がするようになりました。DNS や CDN に手を染める前にまだまだ工夫の楽しみがありそうです。
今日は“引用 Blockquote ”のスタイルをアレンジしました。
画像の上部が従来のスタイルシートデザイン1。
画像の株が今回の変更後のスタイルシートデザイン2。
[amazonjs asin=”4844364502″ locale=”JP” title=”現場のプロが教えるWebデザイン&レイアウトの最新常識 知らないと困るWebデザインの新ルール3″]
これまではテーマのスタイルシートの指定のままにしてきました。
それを今回は明確に“引用”を印象づける事が出来ればと考えました。
テーマのスタイルシートの記述を読むと“引用”の背景画像を指定していました。
そこでテーマの構成ファイルを再確認してみると、images ディレクトリに blockquote2.png という名前のファイルは見つかりません。長年の間に誤って削除しているのかも、その記憶が無いのかしらとテーマを改めてダウンロードして比較しましたけれども同じく存在してません。
このテーマは2012年3月29日の更新以降開発が進んでいないテーマです。
当時は背景画像に指定することが普通にデザインの手法としてありました。近頃は Web アイコンも当たり前になりました。
このテーマには時流遅れの部分がドシドシ出てくるでしょうが、目立って来たらその時時で補修していきます。
現在の主流であるレスポンシブル・デザイン版に進化する時があればと期待はしています。
[notification type=”alert-info” close=”false” ]
諸君は何度もこの曲を演奏しているし僕も知っているから明日演奏会場で会おう。
クナッパーツブッシュ(1988~1965)
[/notification]
blockquote {
font-style: italic;
padding-left: 48px;
background-image: url(images/blockquote2.png);
background-repeat: no-repeat;
background-position: 0 0;
margin-bottom: 25px;
}
諸君は何度もこの曲を演奏しているし僕も知っているから明日演奏会場で会おう。
クナッパーツブッシュ(1988~1965)
/************************************
** 引用(blockquote)
************************************/
blockquote {
background: none repeat scroll 0 0 rgba(245, 245, 245, 0.8);
border: 1px solid #FFFFFF;
margin: 1em 0;
padding: 20px 55px;
position: relative;
}
blockquote:before {
color: #C8C8C8;
content: "“";
font-family: serif;
font-size: 600%;
left: 0;
line-height: 1em;
position: absolute;
top: 0;
}
blockquote:after {
bottom: 0;
color: #C8C8C8;
content: "”";
font-family: serif;
font-size: 600%;
line-height: 0;
position: absolute;
right: 0;
bottom: -16px;
}
/* Internet Explorer11のみに適用したい設定 */
@media screen and (min-width:0 ) {
*::-ms-backdrop, blockquote:before { left: -55px; }
*::-ms-backdrop, blockquote:after { right: -55px; }
}
“引用”のスタイルをアレンジしました – 時流に合わせてホームページのデザインを考えるはClassical Notesで公開された投稿です。
]]>モーリッツ・ローゼンタールのレコードはClassical Notesで公開された投稿です。
]]>昭和10年までのSPレコードは英国でプレスされて日本盤として発売されていました。それが日本が国際連盟脱退したことで次第に融通がきかなくなります。
潜水艦というと軍事利用ばかりがイメージ強いですが、UボートがドイツでプレスしたSPレコードの原盤を日本に運んでくる途中でアメリカ軍に攻撃されて沈没。幻になったレコードもあります。
モーリッツ・ローゼンタールのショパンのコンチェルトは、昭和10年に英国でプレスされたSPレコードで、日本盤でも良質で再生できます。
ローゼンタールはリスト門下で、ショパンの孫弟子でもありましたから少なからずとも二人の偉大な音楽家の一端に触れられていると思いたいです。個性が強くて作品を歪曲しているなどと言われてもいますがリストやショパン自身の解釈が少なからず継承されていると信じて、100年前の老演奏家の残したレコードから、更に100年前の作曲家自身の音を伝え聞く感じがSPレコードの魅力とも言えそうです。

モーリッツ・ローゼンタール(ピアノ)
フリーダー・ヴァイスマン指揮ベルリン国立歌劇場オーケストラ
ショパンは、フランツ・リストとも親交がありました。二人の出会いから100年後、世界屈指のピアニストと呼ばれたポーランドの名手ローゼンタールの録音。
ローゼンタールは直接手ほどきを受けたリスト門下で、ショパンの弟子ミクリの弟子。1930,31年の録音時に70歳前の芸風ですが若い頃恐るべき技巧と巨大な音響で鳴らしていて、終楽章の終結の音階を両手のユニゾンではなく、オクターヴで弾くという曲芸を見せるなど往年の豪腕ぶりの片鱗が伺える。
ピアノとオーケストラが合わない箇所が出来くると、LP、CDで聞いた演奏評に見かけます。SPレコードの片面は4分半目安です。編集を施して聴かれることを想定されてなかったからでしょう。ローゼンタールはオーケストラが演奏を止めた後でも勢い余って先のフレーズを弾いていたりします。英国プレスの昭和10年以前の盤はとても良質です。
[amazonjs asin=”B000000WTI” locale=”JP” title=”Moriz Rosenthal / Chopin・Strauss”]
モーリッツ・ローゼンタールのレコードはClassical Notesで公開された投稿です。
]]>