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ガストン・ドルレアンに仕えた音楽家(4)〜古楽の楽しみ 2015.2.12 NHK-FM 放送 — Classical Notes

ガストン・ドルレアンに仕えた音楽家(4)〜古楽の楽しみ 2015.2.12 NHK-FM 放送

フランス宮廷の月と太陽

ミシェル・ランベール( Michel Lambert, 1610年、シャンピニー=スュル=ヴゥード( Champigny-sur-Veude )生 – 1696年6月29日、パリ没)は、フランスの歌手、テオルボ奏者、作曲家。エール・ド・クールの作曲家として知られている。

子供の頃、ルイ13世の弟オルレアン公ガストン(1608年-1660年)の目に留まり、その聖歌隊で音楽教育を受ける。
1636年以降、声楽教師として広く知られるようになった。1651年、ルイ14世の宮廷で行われたバレに、踊り手として登場してもいる。1656年以降、作曲家としての名声を確立し、多くの作品が出版された。

1641年に歌手のガブリエル・デュピュイ( Gabrielle Dupuy )と結婚、後にその娘はジャン=バティスト・リュリの妻となった。1661年に婿にあたるリュリが音楽監督を務める王の宮廷音楽隊の音楽長となり、死ぬまでこの職を務めた。

ランベールには謎が多い。ジャン=バティスト・リュリの Ballet de la naissance de VénusやLes Amours Déguisez などの作品中に、ランベールの曲であるという注意書きが見られる曲がある。
また歌曲集(1692年ごろ)とルソン・ド・テネブル集2巻(1662年から1663年にかけて、および1689年)が手書き譜として残されている他、多くのエール・ド・クールが出版されたが、現存が確認されているものは多くない。以下が確認されている出版譜である。

  • Airs du sieur Lambert (パリ、1658年)
  • Les airs de Monsieur Lambert, 19 airs avec doubles (パリ、1660年)
  • Pièces en trio pour les violons, flûtes ou hautbois (アムステルダム、1710年)

2月9日 月曜日からの4日間は、フランス国王ルイ13世の弟、ガストン・ドルレアンに仕えた音楽家たちの作品をご紹介します。

ランベール作曲
「あなたの軽蔑が」(5分20秒)
(テノールと指揮)ステファン・ファン・ダイク
(合奏)ムジカ・ファヴォーラ
<ACCENT ACC 24234>

ランベール作曲
「“聖木曜日の第1ルソン”から 抜粋」(10分13秒)
(カウンターテナー)チャールズ・ブレット
(クラヴサンとオルガン)イヴェト・ピヴトー ほか
<VIRGIN CLASSICS 3 85789 2>

ランベールは歌手として、教師としても優れた活躍をしました。
フランスの歌曲、エールでは単純な旋律が歌われルーブルという装飾された歌い方がされます。
ランベールの歌曲には、そうしたルーブルが添えられた貴重な例がみられます。

ランベールは当時の宮廷で流行していたエール・ド・クールの音楽部分を担当します。『甘美な幸福よ』は芸術のバレの中の曲でランベールの伴奏で、義理の妹のデュプリとサン=クリフト嬢が唄いました。
デュプリは甘い良い声を持っていました。一方、サン=クリフト嬢は詩作にも長けていましたので後にリュリのオペラで主役を務めるようになります。

ランベール作曲
「何をしているのか、シルヴィ」(3分49秒)
「愛する人の影」(5分17秒)
(ソプラノ)モニク・ザネッティ
(合奏)フォンス・ムジケ
「甘美な幸福よ」(5分50秒)
(ソプラノ)モニク・ザネッティ
(カウンターテナー)パスカル・ベルタン
(合奏)フォンス・ムジケ
<ET’CETERA MKTC 1195>

カタログ番号は KTC 1195 へ移行している。
フォンス・ムジケのリュートと指揮は今村泰典。

リュート歌曲とエール・ド・クールについて

リュート歌曲というのは、一般的に歌手+リュートと言う形態を考えるけど、イギリスにおいてはコンソート・ソング(歌手+ヴィオールコンソート)とマドリガル形態(全声部を歌う)と、レパートリーの上で互換性がある。それはイギリスのいわゆるリュート歌曲の作曲家はリュート奏者が多いので、そういう形態で録音されていることが多いということからの推測

ショーケースとしてはイギリスのリュート奏者で作曲家だったダウランドの「歌曲集第一巻」の楽譜がテーブルを4人が囲んで見られるように印刷されているのが推理の素だったりする。当時のイギリスではヴィオール・セットが家庭の必需品だったからだろう。

その意味では、一般的に「リュート歌曲」として考えられる形態を念頭に作曲されたのって、実はフランスのエール・ド・クールのほうに重みがあるとみれる。


リュリと夜のバレエ

リュリはイタリアのフィレンツェで育ちます。フランスに出てきたリュリの名前が公的な記録に登場するのは、1646年、21歳の時でした。既にギターや鍵盤楽器の演奏を身につけていた彼はグランド・マドモアゼルからフランス式のバレエの踊り方を学びますが、グランド・マドモアゼルがフロンドの乱に加わりフランスから追放(1652年)されてしまうとバレエの踊り手として宮廷にデビューしました。この舞台では「太陽」に扮した当時14歳のルイ14世と一緒にバレ・ド・クールの舞台に立つようにます。そして、《夜のバレエ》から1か月後にリュリは国王の「器楽作曲家」に任命されています。

バレ・ド・クールはバレエと音楽の総合芸術で、音楽部分は宮廷作曲家が書き、バレエの部分は踊り手たちが作曲をし演奏していました。
リュリは踊り手として出発し、やがて作曲をするようになります。
これはリュリの最初の成功作とされる作品です。

その後は、1661年の3月に、それまで実質的にフランスの政治を左右していた摂政マザランが世を去り、ルイ14世による親政が始まるとすぐに、リュリはシャンブルの音楽監督と作曲家に任命され、ヴェルサイユの音楽家として最高の地位に上り詰めます。

リュリ作曲
「“快楽のバレエ”から 抜粋」(13分18秒)
(合奏)アラディア・アンサンブル
(指揮)ケヴィン・マロン
<NAXOS 8.554003>

若干21歳で宮廷作曲家に登用されてルイ14世の寵愛を受けたことで有名なリュリ、太陽王を魅了したバレエ音楽が貴方のリスニングルームに蘇ります。例えば16のカズーも聞こえるご機嫌なナンバーは、さぞかし王を喜ばせたことでしょう。
こう言うと絢爛豪華なばかりのようですが、実は歌付きのナンバーが何とも詩的で、これまた聞き手をノックアウト。
ここでの2人のソプラノ歌手の歌唱がまた見事です。誰もが一目で気に入る音楽、ハイ・デフィニション・サウンドの心地よさもあいまって、豊穣なフランス・バロックの世界が貴方を虜にします。

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